たかが、肩、ふたたび
肩の故障、再び、といっても、私自身のことではない。
トリオの仲間(ギタリストでチェンバロ奏者で音楽学者)で私よりも20歳以上若いHが、石灰が付着した肩に炎症が起きて、さまざまな検査や痛み止めの服用の後で、手術となった。軽い痛みはずっとあって、もう何年もそちらの肩を下にしては寝ないようにしていたのに放置していたそうだから悪化したのだろう。50代なのでまさに「50肩」なのだが、痛みと鎮痛剤、鎮痛剤の副作用で胃をいためるなど、深刻な事態が続いていた。
腕を吊ることで少し楽になるとはいえ、移動手段としている電動自転車も使えず、楽器も弾けない状態、音楽教師の仕事も休止、もちろん室内楽やトリオの練習もできなくなってかれこれひと月になる。
私もこのブログを書くきっかけが、肩関節炎で、トリオのもう一人の仲間Mも私より少し前に肩関節炎を経験した。
痛みはつらかったけれど、楽器演奏でいえば、ピアノを教える程度なら問題なく、ヴィオラも押さえる部分が短いのでまあ何とかごまかせたが、ギターはフレットのあるアームが長いから、多くの曲をハイポジションに書き直して、それが可能な曲でプログラムを組んだ。
肩関節炎経験者のふたりでHを励ましたり、いろいろな情報を伝えあったりしているが、放置期間が長く状態が悪そうで、生活全般が麻痺しているようだ。今思うと、私は一番痛みの激しかった頃、夜になると少し楽になるので、毎夜執筆していた。遊んだり気を散らしたりする余裕もなかったので、「痛みに耐える」か「仕事する」かの二択だったのだ。普段の日常にあったストレスはどこかに消えていた。
それにしても、あらためて、若ければ安心、という思い込みなどあてにならないと痛感した。
私は今のところ、特に痛いところがなくて助かっているけれど、同世代のシニアでいたって元気だった人が突然鬱状態になるケースを間近に見た。フランスは抗鬱剤の使用がヨーロッパで最多と言われている。でも問題は薬でコントロールすると、薬を減らすタイミングなどに当然個人差があって、鬱から突然躁状態に振れたケースも見た。鬱が「治った」と本人も家族も安心していたら実はけっこう深刻な躁状態になっていた、というものだ。誰にも相談せず浪費、散財を重ねたり、過活動になったりする。家族にとっては「うつ状態」よりも大きなリスクとなることが少なくない。
体の健康、心の健康についてあらためていろいろ考えさせられる時期となった。
トリオの仲間(ギタリストでチェンバロ奏者で音楽学者)で私よりも20歳以上若いHが、石灰が付着した肩に炎症が起きて、さまざまな検査や痛み止めの服用の後で、手術となった。軽い痛みはずっとあって、もう何年もそちらの肩を下にしては寝ないようにしていたのに放置していたそうだから悪化したのだろう。50代なのでまさに「50肩」なのだが、痛みと鎮痛剤、鎮痛剤の副作用で胃をいためるなど、深刻な事態が続いていた。
腕を吊ることで少し楽になるとはいえ、移動手段としている電動自転車も使えず、楽器も弾けない状態、音楽教師の仕事も休止、もちろん室内楽やトリオの練習もできなくなってかれこれひと月になる。
私もこのブログを書くきっかけが、肩関節炎で、トリオのもう一人の仲間Mも私より少し前に肩関節炎を経験した。
痛みはつらかったけれど、楽器演奏でいえば、ピアノを教える程度なら問題なく、ヴィオラも押さえる部分が短いのでまあ何とかごまかせたが、ギターはフレットのあるアームが長いから、多くの曲をハイポジションに書き直して、それが可能な曲でプログラムを組んだ。
肩関節炎経験者のふたりでHを励ましたり、いろいろな情報を伝えあったりしているが、放置期間が長く状態が悪そうで、生活全般が麻痺しているようだ。今思うと、私は一番痛みの激しかった頃、夜になると少し楽になるので、毎夜執筆していた。遊んだり気を散らしたりする余裕もなかったので、「痛みに耐える」か「仕事する」かの二択だったのだ。普段の日常にあったストレスはどこかに消えていた。
それにしても、あらためて、若ければ安心、という思い込みなどあてにならないと痛感した。
私は今のところ、特に痛いところがなくて助かっているけれど、同世代のシニアでいたって元気だった人が突然鬱状態になるケースを間近に見た。フランスは抗鬱剤の使用がヨーロッパで最多と言われている。でも問題は薬でコントロールすると、薬を減らすタイミングなどに当然個人差があって、鬱から突然躁状態に振れたケースも見た。鬱が「治った」と本人も家族も安心していたら実はけっこう深刻な躁状態になっていた、というものだ。誰にも相談せず浪費、散財を重ねたり、過活動になったりする。家族にとっては「うつ状態」よりも大きなリスクとなることが少なくない。
体の健康、心の健康についてあらためていろいろ考えさせられる時期となった。
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