癌を患う知人に会う
四半世紀前に知り合った在仏日本女性と数年ぶりに食事した。
私と夫よりそれぞれ6歳くらい年上の日仏カップルで、子供の数も3人。
エネルギッシュで圧倒されるので彼女を苦手とする人も少なくない。
強い人なら彼女に反発したり彼女を利用することもあるだろうし、弱い人なら敬遠するか逃げることもあるかもしれない。
私も最近はすっかりご無沙汰していたのだけれど、彼女の方はいつも私のことを「大親友」と公言してくれていた。
彼女と知り合ったのは、私のピアノの生徒の母親(ポーランド人)の同僚(フランス人)のうちに相談があるといって招かれた時に同席していたからだ。彼女からは、パリで自分の属する同窓会だのアソシエーションだのにむけて、「大親友」の私に何度も講演するよう依頼されて引き受けた。そこから生まれたつながりで、結果的にいろいろチャンスが生まれたことがあるので、私は彼女にも「感謝」の気持ちを持ち続けていた。
定期的に送られてくるグループメールなどはスルーしていたが、最近、10 Kg痩せたとあり、さらに、「癌」の文字が出てきたので、「体調はいかがでしょう」とメールした。
すぐに、会いたいと言われてパリの日本レストランで待ち合わせたが、杖をついて歩きにくそうで抗がん剤のせいかターバン風帽子を被って現れた。今年の元から食欲がなくて10kg痩せて病院に行ったが、かかりつけ医も病院の検査も時間がかかって、ようやく検査ができて結果が分かったのは4月のこと。腎臓の尿管に腫瘍ができていて、肝臓にも転移しているという結果だったそうだ。
7 月には肝臓の3分の2を摘出する手術が決まっていて、それでも、9月のトルコ旅行を予約しているという。
何という生命力。
おかあさまが100歳を超えるご長命だったので、何となく、自信があるのかもしれない。
親の没年というのは、事故や災害やらを別としたら、やはり「参考」にしてしまうものだ。
私なら80半ばのピンピンコロリ、というのが両親からの「参考」期待値。
もちろんひと世代変われば環境も違うし、医療も変わってくるのであてにならないのは頭で理解しているけれど、一応の「目安」としてはある。(私の夫の父親は70歳で亡くなったが、彼の息子たちは1型糖尿病で亡くなった人をのぞけば、みな80歳をクリアしている。)でも私の世代の親たちはみな「戦争の生き残り」という世代だから、いろいろな意味で単純比較できない。
で、知人の女性は、日本語の「がん治療」に関する本を4,5冊精読し始めて、中には「xx博士も推奨する奇跡のサプリ」のようなものもあり、私の意見を聞いてきた。私は日本で最近「機能性食品」のスキャンダルがあったように、なんでも信じて大量に長期間飲むのはまずいと思う、と言った。ちなみに彼女の挙げた「奇跡の食品」についての学術論文をチェックしたら、効能の根拠はほぼゼロだった。それを伝えたら、彼女もがっくりしていたが、日本からフランスに高価なものを取り寄せるのを諦めたのはよかったと思う。(ちなみにフランスでは癌の診断がつけば治療費はすべてゼロとなる)
でも、何かを信じて、それがストレスを軽減し、体の自力回復メカニズムが発動するというのは大いにあり得ると思うから、「奇跡の治癒」の体験談そのものが嘘だと思わない。でも後は宣伝とビジネスの世界だ。「奇跡の水」が無料であるルルドだの各地の巡礼地の方が害はない。
でも、彼女(カトリック)に、むしろルルドに行ってみたら?などとも、もちろん言わなかった。各種聖人に祈ることも勧めなかった。自分で神仏にすがるならいいけれど、「これは効くんだってよ」という言葉に促されるなら、各種サプリへの期待と変わらない。
彼女は「癌治療に役立つ」という食品リストも持ってきて、私にこれのどれを食べているかとも質問してきた。
ブロッコリーだとか、ニンニクだとか、ベリー類だとか、どれも「健康にいい」と普通に認知されているようなものばかりで、まあ、バランスよく食べれば? と思う。出来合いの総菜を使うか、などもいろいろ聞かれた。タバコ、アルコール、白砂糖などがよくないのも周知のことだけれど、要は、サプリと同じで、大量に持続して摂取しないで、心身のウェルビーイングを感じられる食生活でいいかもよ、と言った。
知人で、マクロビオチックに入れあげたまま癌で亡くなった人もいるし、ある人は、がん細胞を養うのは炭水化物だけだと言って、完全糖質制限を、癌を患う父親に課したが、全身衰弱して結局亡くなり、しかも、美食家だった父親は、娘に課せられた食事のせいで「生きる楽しみがなくなった」というケースも聞いたことがある。
サプリや食事法だけでなく、標準治療についての姿勢もいろいろあるだろうし、治療法もどんどん変わっている。
結局私が彼女に言ったのは、
「働き盛りで子供を育てたり子供の学費を払わねばならなかったりかる私たちの子供(彼女も子供が3人で孫5人)やこれから未来を担う孫たちの誰かが重病だとか事故で負傷だとか言われることを想像したら、70を過ぎてリタイアして生活に苦労してない私たちの病気の方がましだと思わない? それでなくとも、今の世界情勢や気候変動を見ていると、子供たちや孫たちが70歳になる時に、平和が保たれているかどうかも分からない。私たちが日本やフランスのような戦争のない世界で70年以上暮らし、災害や事故にも遭わず大病もせず経済的にも困らずに子供たちを無事に育て上げて自立させたというのはそれだけで信じられないほどの幸運で、感謝しかない。後は、子や孫たちの時代がこれ以上悪い方向に行かないように社会の仕組みをもう一度考え直し立て直すように、生きてる限り伝え続けようよ」
というものだった。
今フランスでは「安楽死」解禁を「死ぬ援助」などと言い換えて法律化しようとしているが、「死ぬ援助」よりも「生きる援助」が足りてないだろう!と言いたい。「死にたい」と思う人も、少しのきっかけで生きる気持ちになることがあるし、医療の現場でもし「これ以上苦しいのが耐えられないなら、楽にしてあげることは可能ですよ」と言えば、「お願いします」という人は少なくないだろうが、そのほとんどは自分の状態が医療者や家族の重荷になっていることを意識してのものなのだと言われている。
また、こんなものを法制化しなくても、「現場」では、苦しむ人を無理に生かしておくことを避けるためにいろいろなケアがすでにあることも事実なのだ。
生と死についての問題はかくも難しい。
私と夫よりそれぞれ6歳くらい年上の日仏カップルで、子供の数も3人。
エネルギッシュで圧倒されるので彼女を苦手とする人も少なくない。
強い人なら彼女に反発したり彼女を利用することもあるだろうし、弱い人なら敬遠するか逃げることもあるかもしれない。
私も最近はすっかりご無沙汰していたのだけれど、彼女の方はいつも私のことを「大親友」と公言してくれていた。
彼女と知り合ったのは、私のピアノの生徒の母親(ポーランド人)の同僚(フランス人)のうちに相談があるといって招かれた時に同席していたからだ。彼女からは、パリで自分の属する同窓会だのアソシエーションだのにむけて、「大親友」の私に何度も講演するよう依頼されて引き受けた。そこから生まれたつながりで、結果的にいろいろチャンスが生まれたことがあるので、私は彼女にも「感謝」の気持ちを持ち続けていた。
定期的に送られてくるグループメールなどはスルーしていたが、最近、10 Kg痩せたとあり、さらに、「癌」の文字が出てきたので、「体調はいかがでしょう」とメールした。
すぐに、会いたいと言われてパリの日本レストランで待ち合わせたが、杖をついて歩きにくそうで抗がん剤のせいかターバン風帽子を被って現れた。今年の元から食欲がなくて10kg痩せて病院に行ったが、かかりつけ医も病院の検査も時間がかかって、ようやく検査ができて結果が分かったのは4月のこと。腎臓の尿管に腫瘍ができていて、肝臓にも転移しているという結果だったそうだ。
7 月には肝臓の3分の2を摘出する手術が決まっていて、それでも、9月のトルコ旅行を予約しているという。
何という生命力。
おかあさまが100歳を超えるご長命だったので、何となく、自信があるのかもしれない。
親の没年というのは、事故や災害やらを別としたら、やはり「参考」にしてしまうものだ。
私なら80半ばのピンピンコロリ、というのが両親からの「参考」期待値。
もちろんひと世代変われば環境も違うし、医療も変わってくるのであてにならないのは頭で理解しているけれど、一応の「目安」としてはある。(私の夫の父親は70歳で亡くなったが、彼の息子たちは1型糖尿病で亡くなった人をのぞけば、みな80歳をクリアしている。)でも私の世代の親たちはみな「戦争の生き残り」という世代だから、いろいろな意味で単純比較できない。
で、知人の女性は、日本語の「がん治療」に関する本を4,5冊精読し始めて、中には「xx博士も推奨する奇跡のサプリ」のようなものもあり、私の意見を聞いてきた。私は日本で最近「機能性食品」のスキャンダルがあったように、なんでも信じて大量に長期間飲むのはまずいと思う、と言った。ちなみに彼女の挙げた「奇跡の食品」についての学術論文をチェックしたら、効能の根拠はほぼゼロだった。それを伝えたら、彼女もがっくりしていたが、日本からフランスに高価なものを取り寄せるのを諦めたのはよかったと思う。(ちなみにフランスでは癌の診断がつけば治療費はすべてゼロとなる)
でも、何かを信じて、それがストレスを軽減し、体の自力回復メカニズムが発動するというのは大いにあり得ると思うから、「奇跡の治癒」の体験談そのものが嘘だと思わない。でも後は宣伝とビジネスの世界だ。「奇跡の水」が無料であるルルドだの各地の巡礼地の方が害はない。
でも、彼女(カトリック)に、むしろルルドに行ってみたら?などとも、もちろん言わなかった。各種聖人に祈ることも勧めなかった。自分で神仏にすがるならいいけれど、「これは効くんだってよ」という言葉に促されるなら、各種サプリへの期待と変わらない。
彼女は「癌治療に役立つ」という食品リストも持ってきて、私にこれのどれを食べているかとも質問してきた。
ブロッコリーだとか、ニンニクだとか、ベリー類だとか、どれも「健康にいい」と普通に認知されているようなものばかりで、まあ、バランスよく食べれば? と思う。出来合いの総菜を使うか、などもいろいろ聞かれた。タバコ、アルコール、白砂糖などがよくないのも周知のことだけれど、要は、サプリと同じで、大量に持続して摂取しないで、心身のウェルビーイングを感じられる食生活でいいかもよ、と言った。
知人で、マクロビオチックに入れあげたまま癌で亡くなった人もいるし、ある人は、がん細胞を養うのは炭水化物だけだと言って、完全糖質制限を、癌を患う父親に課したが、全身衰弱して結局亡くなり、しかも、美食家だった父親は、娘に課せられた食事のせいで「生きる楽しみがなくなった」というケースも聞いたことがある。
サプリや食事法だけでなく、標準治療についての姿勢もいろいろあるだろうし、治療法もどんどん変わっている。
結局私が彼女に言ったのは、
「働き盛りで子供を育てたり子供の学費を払わねばならなかったりかる私たちの子供(彼女も子供が3人で孫5人)やこれから未来を担う孫たちの誰かが重病だとか事故で負傷だとか言われることを想像したら、70を過ぎてリタイアして生活に苦労してない私たちの病気の方がましだと思わない? それでなくとも、今の世界情勢や気候変動を見ていると、子供たちや孫たちが70歳になる時に、平和が保たれているかどうかも分からない。私たちが日本やフランスのような戦争のない世界で70年以上暮らし、災害や事故にも遭わず大病もせず経済的にも困らずに子供たちを無事に育て上げて自立させたというのはそれだけで信じられないほどの幸運で、感謝しかない。後は、子や孫たちの時代がこれ以上悪い方向に行かないように社会の仕組みをもう一度考え直し立て直すように、生きてる限り伝え続けようよ」
というものだった。
今フランスでは「安楽死」解禁を「死ぬ援助」などと言い換えて法律化しようとしているが、「死ぬ援助」よりも「生きる援助」が足りてないだろう!と言いたい。「死にたい」と思う人も、少しのきっかけで生きる気持ちになることがあるし、医療の現場でもし「これ以上苦しいのが耐えられないなら、楽にしてあげることは可能ですよ」と言えば、「お願いします」という人は少なくないだろうが、そのほとんどは自分の状態が医療者や家族の重荷になっていることを意識してのものなのだと言われている。
また、こんなものを法制化しなくても、「現場」では、苦しむ人を無理に生かしておくことを避けるためにいろいろなケアがすでにあることも事実なのだ。
生と死についての問題はかくも難しい。
この記事へのコメント