代父の帰天
私の代父に当たる96歳のジャンが亡くなり、2/29が葬儀ミサと火葬だった。彼らが若い頃にはカトリックの火葬は認められていなかったし、想像もつかなかっただろう。
ジャンはいつも笑顔で穏やかで、去年の9月に最後に会った時も、ジョークを口にするほど機嫌もよかった。
現役の頃、彼は大手電化製品に勤めていて妻はフリーの訪問看護師だった。二男二女に孫は11人でひ孫もいる。
この数週間は、末娘の勤務する病院で、その病院の外科医である婿の友人である緩和ケアの医師に看取られて、という最期だった。
彼のうちでは、妻が圧倒的な行動力、存在感、オーラを発揮していた。
いつかどこかで書いた気がするが、私が最初に彼のうちに一泊で招かれた時、ディナーの後でみながコーヒーなど飲んでくつろいで談笑している間に、ジャンが、ディナーテーブルから見えるキッチンの床を掃除していて、それがすごく自然だった。そして、その後で、次の朝に食べるためのクロワッサンの生地を仕込んでいた。
普通なら、そんなのを客の前でする姿を見せるのは妻も、客も、何となく居心地が悪くなるのではないかと、日本から来てまだ一年も経っていなかった私には不思議な光景だった。
でも、彼の妻は、「え、明日はクロワッサン? Tu es un Amour!」と言ったのだ。Amourは「愛」。「あなたって、『愛』!」というのは日本語にできないけれど、すごくシンプルだった。「そうか、誰かに尽くしてもらっても、メルシー、という感謝の言葉だけじゃなく、こんな風に言えばいいんだ」と、すぐに私の頭のフランス語メモリーに刻み込んだ。こんなにシンプルで、万人の前でも使えてしまう表現は日本語で思いつかない。
「あなたって仏さまみたいね」なんて言えないし、キリスト教が入ってきたときの「愛」の訳語は長いこと「お大切」のようなものだった。
「慈しみ」のような日本語はあるけれど、「愛」は、その後、loveの訳語として採用された漢字だ。
また英語ならlove とlikeは違うけれど、フランス語はどっちもamour, aimerで、アイスクリームだって愛せる。
多分毎日しているだろうことに対して、客の前で「ありがとう、優しいのね」とか「親切ね」というのも変だ。
一昔前の日本には、普段は妻に尽くしている夫が、同僚を連れて帰宅した時には関白然としてふるまい、客が帰ってから、慌てて「ごめんね」と皿洗いをする、などというジョークがあったのを覚えている。
Tu es un Amour. 一つの愛、愛の化身。それはその時や場所に限られた文脈でのやさしさや親切とは別の次元のように聞こえるから、夫が子供たちや客の前で普段通りに掃除したり朝食のパンを仕込んでいることに対して妻がのろけているわけでないことも分かる。
今、これを書いているとき、うちの猫がすり寄ってきたので、私は「Tu es un Amour.」といって撫でた。
日本語なら「きゃわいー」「いい子」くらいしか思いつかない。
夫が尽くしてくれることにも猫がいてくれることにも感謝できる「大いなる愛」っていいなあ、と思う。
家族のみんなを大いなる愛で包んで去ったジャンの愛が消えることは、ない。
ジャンはいつも笑顔で穏やかで、去年の9月に最後に会った時も、ジョークを口にするほど機嫌もよかった。
現役の頃、彼は大手電化製品に勤めていて妻はフリーの訪問看護師だった。二男二女に孫は11人でひ孫もいる。
この数週間は、末娘の勤務する病院で、その病院の外科医である婿の友人である緩和ケアの医師に看取られて、という最期だった。
彼のうちでは、妻が圧倒的な行動力、存在感、オーラを発揮していた。
いつかどこかで書いた気がするが、私が最初に彼のうちに一泊で招かれた時、ディナーの後でみながコーヒーなど飲んでくつろいで談笑している間に、ジャンが、ディナーテーブルから見えるキッチンの床を掃除していて、それがすごく自然だった。そして、その後で、次の朝に食べるためのクロワッサンの生地を仕込んでいた。
普通なら、そんなのを客の前でする姿を見せるのは妻も、客も、何となく居心地が悪くなるのではないかと、日本から来てまだ一年も経っていなかった私には不思議な光景だった。
でも、彼の妻は、「え、明日はクロワッサン? Tu es un Amour!」と言ったのだ。Amourは「愛」。「あなたって、『愛』!」というのは日本語にできないけれど、すごくシンプルだった。「そうか、誰かに尽くしてもらっても、メルシー、という感謝の言葉だけじゃなく、こんな風に言えばいいんだ」と、すぐに私の頭のフランス語メモリーに刻み込んだ。こんなにシンプルで、万人の前でも使えてしまう表現は日本語で思いつかない。
「あなたって仏さまみたいね」なんて言えないし、キリスト教が入ってきたときの「愛」の訳語は長いこと「お大切」のようなものだった。
「慈しみ」のような日本語はあるけれど、「愛」は、その後、loveの訳語として採用された漢字だ。
また英語ならlove とlikeは違うけれど、フランス語はどっちもamour, aimerで、アイスクリームだって愛せる。
多分毎日しているだろうことに対して、客の前で「ありがとう、優しいのね」とか「親切ね」というのも変だ。
一昔前の日本には、普段は妻に尽くしている夫が、同僚を連れて帰宅した時には関白然としてふるまい、客が帰ってから、慌てて「ごめんね」と皿洗いをする、などというジョークがあったのを覚えている。
Tu es un Amour. 一つの愛、愛の化身。それはその時や場所に限られた文脈でのやさしさや親切とは別の次元のように聞こえるから、夫が子供たちや客の前で普段通りに掃除したり朝食のパンを仕込んでいることに対して妻がのろけているわけでないことも分かる。
今、これを書いているとき、うちの猫がすり寄ってきたので、私は「Tu es un Amour.」といって撫でた。
日本語なら「きゃわいー」「いい子」くらいしか思いつかない。
夫が尽くしてくれることにも猫がいてくれることにも感謝できる「大いなる愛」っていいなあ、と思う。
家族のみんなを大いなる愛で包んで去ったジャンの愛が消えることは、ない。
この記事へのコメント